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広島地方裁判所 昭和37年(わ)60号 判決

被告人 君島孟雄 外八名

主文

被告人君島孟雄を罰金二〇、〇〇〇円に

被告人今野春治を罰金二〇、〇〇〇円に

被告人中島勉を罰金二五、〇〇〇円に

被告人徳弘鹿郎を罰金二〇、〇〇〇円に

被告人井川博を罰金二〇、〇〇〇円に

被告人橋田九郎を罰金一〇、〇〇〇円に

各処する。

右被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人坂本正美、同鍛地道生に支給した分は被告人徳弘鹿郎の、

証人田川勝に支給した分は被告人徳弘鹿郎、同井川博の、

証人伊勢田哲也に支給した分は被告人徳弘鹿郎、同井川博、同橋田九郎の、

証人石黒勲、同和気功に支給した分は被告人井川博の、

証人檜山厳、同上村数利、同杉原邦治に支給した分は被告人井川博、同橋田九郎の、

証人三木春美、同森田貞泰、同友田博三に支給した分は被告人中島勉の、

証人富永忠、同横田貞光に支給した分は被告人君島孟雄、同今野春治、同中島勉の、

証人相川恒利、同西山良晴に支給した分は被告人君島孟雄、同今野春治の、

各負担とする。

被告人小林基雄、同神田智光、同池田利之はいずれも無罪。

被告人君島孟雄は、昭和三六年一二月一八日の中国地方建設局局長室における、阿川孝行、西山良晴、和里田新平および金田長則に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の各公訴事実につきいずれも無罪。

被告人今野春治は、同年一二月一八日の前同所における、金田長則に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の公訴事実につき無罪。

被告人中島勉は、同年一二月一六日の前同所における、富永忠および阿川孝行に対する、同月一八日の同所における和里田新平および金田長則に対する、同月二〇日の同所における、西山良晴に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の各公訴事実につき、いずれも無罪。

被告人徳弘鹿郎は、同年一二月二〇日前同所における、和里田新平および金田長則に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の各公訴事実につき、いずれも無罪。

被告人井川博は、同年一二月二〇日の前同所における、和里田新平、横田貞光、金田長則、森田貞泰および友田博三に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の各公訴事実につき、いずれも無罪。

被告人橋田九郎は、同年一二月二〇日の前同所における、横田貞光および友田博三に対する、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の各公訴事実につき、いずれも無罪。

理由

第一、本件当時における被告人らの身分関係

本件当時、被告人君島孟雄は全建設省労働組合本部書記長、被告人今野春治は同本部執行委員、被告人小林基雄は同労働組合中国地方本部書記長、被告人中島勉は同労働組合広島県協議会議長、被告人神田智光は同地方本部本局支部長、被告人徳弘鹿郎は同地方本部郷川支部長、被告人池田利之は同支部書記長、被告人井川博は同支部技労部会会長、被告人橋田九郎は同支部技労部会副会長をしていたもので、なお被告人中島勉は建設省広島機械整備事務所に、被告人神田智光は中国地方建設局河川管理課に、被告人徳弘鹿郎、同池田利之、同井川博、同橋田九郎はいずれも中国地方建設局郷川工事事務所にそれぞれ勤務していたものである。

第二、本件発生のいきさつ

一、中国地方建設局郷川工事事務所(現在は三次工事事務所と改称)は、河川改修事業を行うため、昭和二八年に設置されたが、当時同工事事務所の職員間には、発足後間もないことなどから人事異動に関する不安をもつ者があり、また同工事事務所には定員内職員は少なく、準職員、補助員といつた臨時職員が多かつたが、これら臨時職員なかんずく補助員は身分の不安定に加え、勤務条件も悪い状況にあつた。

そのようなことなどから同工事事務所に勤務する職員で組織する全建設省労働組合郷川支部(以下「全建労」とは全建設省労働組合を、「郷川支部」とは同組合郷川支部を意味する)は、同工事事務所管理者側に対し、おおよそ次の如き内容の一〇項目にわたる事項を要求し、昭和三〇年頃よりほぼ右要求にそつた運営が行われてきた。

1  人事の問題に関しては組合と事前に協議する。

2  補助員の出勤は最低一カ月二五日を保障する。

3  補助員の年次有給休暇は二〇日とする。

4  補助員にも一カ月一・五日の宿日直をさせる。

5  補助員の産前産後は給与の一〇〇分の四〇を補助する。

6  事務所の設備の増、改築等については組合と協議する。

7  組合の大会、委員会の旅費を補助する。

8  炊事婦の超過勤務は来客一名につき一時間とする。

9  運転手の交通違反による罰金の負担については官側と組合、運転手が協議する。

10  超過勤務については組合と協議する。

二、ところが、中国地方建設局(以下適宜「中国地建」と略称する)管理者側は、郷川工事事務所におけるこのような運用、ことに人事についての事前協議に関するそれについては、承認しがたいとの見解に立ち、昭和三六年六月同工事事務所長に松浦文人が着任した際、同人に対し所長として責任をもつて処理できないことは組合と約束しないように指示するにいたつた。

三、ところで、同年九月二七日頃全建労郷川支部は、右松浦所長から、前記工事事務所庶務係長の人事異動について、異動案の提示をうけたのでこれを検討したが、後任の係長候補者につき承服できなかつたため、同月三〇日頃右松浦所長との交渉において、その旨回答するとともに、他の者を同係長候補者として推せんしたところ、松浦所長は組合の意向を中国地建管理者に伝え、再検討してもらうように取り計らう旨約した。しかし、中国地方建設局長和里田新平は、その翌日である同年一〇月一日、右郷川支部の申入に対し、何らの回答をしないまま、さきに同支部に対し示した原案どおりの庶務係長の異動を発令した。この発令につき郷川支部は前記一〇項目の一である「人事の問題に関しては、組合と事前に協議する」との労働慣行を無視したものであるとして強く抗議し、この問題をめぐつて郷川工事事務所管理者側と郷川支部との間、中国地建管理者側と全建労中国地方本部(以下適宜「中国地本」と略称する)との間などにおいて交渉が重ねられたが、収拾されるにいたらなかつた。

そして同年一〇月一九日松浦所長は中国地建管理者の指示にもとづき、郷川支部に対し、同支部が労働慣行として主張する前記一〇項目について、「九項目の要求と超勤協議制はみとめない」旨の通知を行う一方、事態に対処するため中国地建は、爾後同局の課長補佐あるいは係長級の者を郷川工事事務所長の業務補助者として連日数名ずつ同事務所に派遣した。これに対し組合側は右慣行を既得権であるとして擁護する闘争態勢をとり、いわゆる「だんまり」「ビラはり」などの行動をとつた。このような中で、同月三一日郷川工事事務所管理者側は、同事務所の運営を確保するという理由のもとに、「庁内取締規程」「自動車使用内規」「宿日直内規」を制定し、翌一一月一日から実施すると発表した。一方郷川支部は右三内規の制定は、労働組合の活動を制限するものであるとしてこれらの撤回を要求し、郷川工事事務所管理者側と郷川支部との対立は一層激化したのである。

四、郷川工事事務所管理者側は、郷川支部が同年一一月二日に開いた執行委員会などの出席者につき、勤務時間内組合活動をしたとして、同月二二日賃金カツトをすることを決定し、勤務時間報告書が作成された。被告人徳弘ら郷川支部組合員はこれを察知し、右勤務時間報告書の閲覧方を執拗に要求し、これを拒絶する同工事事務所庶務課長田川勝に対し、被告人徳弘の後記の如き判示第三の一の行為がなされたのである。なお同月二一日付で郷川工事事務所長の更迭があり、それまで中国地建企画室長補佐であつた伊勢田哲也が就任した。

五、郷川工事事務所管理者側が同月二二日に行なつた賃金カツトについては、同事務所管理者側と郷川支部との間において、その取消ないし修正をめぐりその後数回にわたつて交渉がなされた。そして同年一一月二九日午前一〇時過頃から同工事事務所長室において、主として賃金カツトの対象となつた時間の確認に関し交渉が行なわれた席上、工務課長石黒勲の発言をめぐり、被告人井川の後記判示第三の二の行為がなされた。

六、その翌日である一一月三〇日朝、同工事事務所に勤務する郷川支部組合員の大畑亀男が病気で入院することとなり、被告人徳弘らが同工事事務所長伊勢田哲也に対し同事務所の自動車の使用を申し込んだところ、同所長は前記自動車使用内規にもとづく使用票の提出を求め、被告人徳弘らは右内規をみとめずその撤回を要求していた立場からこれを拒否し、結局組合側はハイヤーを利用して右大畑を入院させるという事態が生じた。

同日午前一〇時頃から同工事事務所長室で行われた同事務所管理者側と郷川支部との交渉において、組合側は管理者らに右事態について追及したが、とくに業務補助者として同工事事務所にきていた中国地建任用係長杉原邦治に対しては、同人が伊勢田所長に対し、自動車使用内規にもとづき使用票を提出させることを入智恵したとして激しい追及が行われ、被告人井川、同橋田の後記判示第三の三の行為がなされたのである。

七、一方、その間において全建労本部は、同年一一月二四日頃、建設大臣との間で、郷川工事事務所における前記紛争の事態収拾について交渉し、建設省側は「従来の労働慣行は破棄し、これについてはあらたに事務所当局と組合との間で話し合う、組合は直ちに闘争態勢をとくこと」などを内容とする収拾案を示した。しかし、全建労本部は、同中国地本とも協議のうえ、右収拾案は到底これを受けいれることができない旨決定するとともに、これまでの闘争をさらに全国的なものに推進してゆく方針を採用した。

ところで、中国地建管理者側と全建労中国地本との間の前記郷川工事事務所問題に関する交渉は、同月二九日から同年一二月二日まで行われ、同月一日の交渉においては、遂に和里田中国地方建設局長は「労働慣行を尊重する」との態度を明らかにし、ここに事態収拾が成るかとみられる状況になつたのであるが、翌一二月二日の交渉に際し、にわかに中国地建管理者側の態度が変つたことなどから、交渉は決裂した。その後、中国地建管理者側は全建労中国地本が再三にわたる事態収拾のための交渉を申し入れたのに対し、これを全く拒否する態度をとりつづけた。

八、そして、同年一二月一五日前記和里田局長は右郷川工事事務所をめぐる闘争に関し、同事務所における勤務時間内の職場大会または執行委員会への参加、あるいはこれが企画、指導、業務命令に対する不服従、管理者側に対するいやがらせや暴行、脅迫行為をしたことなどを理由に、同事務所職員ら一〇名に対し、免職二名を含む懲戒処分を行ない、同日処分通知書および処分説明書を各被処分者にあてて郵便で発送した。処分の内訳は、免職二名のほか、停職二名、減給、戒告各三名であつたが、本件被告人らのうち、右懲戒処分をうけたのは、被告人徳弘、同井川(各免職)、同池田(停職三カ月)、同橋田(停職一カ月)、同小林(減給)であつた。これに対し、組合側は不当処分であるとして抗議するとともに、処分説明書記載の処分理由などが不明確であるとして、その具体的な説明を要求するなどの行為に出たが、その際、後記判示第三の四ないし六の行為が行なわれるにいたつたのである。

第三、罪となるべき事実

一、被告人徳弘鹿郎は、全建労郷川支部が、附和三六年一一月二日行なつた勤務時間内執行委員会などの出席者について、前記のとおり、郷川工事事務所管理者側が賃金カツトを行なう気配のあることを察知し、これを確かめるため、同月二一日午後四時三〇分頃三次市十日市町字大歳七一一番地所在中国地方建設局郷川工事事務所庶務課事務室において、他の組合員数名とともに、同工事事務所庶務課長田川勝に対し、賃金カツトに関して記載のある勤務時間報告書を見せるように迫つたが、同人がこれを拒絶したのち、右報告書を所持して同事務所所長室に入るや、同人につづいて右所長室に至り、さらに執拗にこれが閲覧を要求したが、右田川がこれに応じなかつたため憤慨し、同人に対し「どうせ殴つてもパクられるのなら損だ、どうせパクられるのなら刺すぞ」などと申し向け、もつて同人の身体などに対し、危害を加えるかもしれない旨を告知して脅迫し

二、被告人井川博は、同月二九日午前一〇時頃より、前記郷川工事事務所所長室において、被告人徳弘ら一〇名位の組合員とともに、同工事事務所所長伊勢田哲也、同事務所工務課長石黒勲らとの間で、同工事事務所管理者側が、同月二二日に行なつた賃金カツトにつき、その対象となつた時間の確認などに関し交渉中、被告人井川が右石黒に対し、同人が宿酔のため午前九時すぎに出勤することがあるのに、なぜ賃金カツトをうけないのかと追及したところ、右石黒が「自分は職務に専念しているが、所長において違法とみとめ賃金カツトされるなら致し方ない」旨答えたことに憤慨し、「けしからんことを言う、無責任ではないか」などと大声で言いながら、椅子に腰かけていた同人の前に至り、右手で同人の胸倉をつかんで引張り、「立て」と言つて立ち上がらせ、「けしからんことを言う、殺してやろう、一対一で刺しちがえようか」などと申し向け、もつて同人の身体などに対し、危害を加えるかもしれない旨を告知して脅迫し

三、被告人井川博、同橋田九郎の両名は、同月三〇日午前一〇時過頃より、同工事事務所所長室において、被告人徳弘ら組合員一〇名位とともに、伊勢田同工事事務所長ら管理者側との間に交渉を行なつたのであるが、たまたま同日の朝同工事事務所職員で郷川支部の組合員である大畑亀男が病気で入院するため、郷川支部長である被告人徳弘らが、伊勢田所長に対し、同工事事務所の自動車を使用したいと申し込んだのに、同所長は自動車使用内規にもとづく使用票の提出を求め、被告人徳弘らは前記の如く右内規をみとめないとの立場からその提出を拒否し、結局組合側はハイヤーを利用して右大畑を入院させるにいたつた事態が発生したことをとりあげ、職員の病気入院という緊急の場合であるのに、なぜ自動車を直ちに使用させなかつたのかと、はげしく管理者側を追及したが、その際被告人井川、同橋田の両名は意思を相通じ、共同して、中国地方建設局から派遣されていた同局任用係長杉原邦治に対し、被告人井川が、「お前が所長に悪智恵をつけたんだろう」などと言つて迫り、椅子に腰かけていた同人の左腕を両手でつかみ引張り上げて暴行を加え、かつ「今日はこらえんぞ、懲役の一五年や二〇年は覚悟している、お前を殺してやる」などと申し向けて、同人の身体などに危害を加えるかもしれない旨を告知して脅迫し、被告人橋田が同人の右肩を小突き、かつ同人の腰かけていた椅子をうしろから持ち上げて前へ傾かせるなどの暴行を加え

四、被告人中島勉は、同年一二月一六日午前一一時過頃、前記和里田局長が同月一五付で行なつた、全建労中国地方本部並びに同郷川支部の役員である職員に対する懲戒処分に関し、中国地建管理者側から報道関係者に発表をしたことを知り、右懲戒処分の内容、処分の理由等の説明を求め、かつ右処分に抗議するため、全建労本部書記長である被告人君島および全建労中国地方本部執行委員長海野信友ら全建労中国地方本部役員一〇名位とともに、広島市基町一番地所在中国地方建設局局長室に出向いたが、局長も総務部長も不在であつたため、同室にいた同局人事課長横田貞光、厚生課長森田貞泰らに対し、局長らの行先を追及するとともに、被処分者の氏名、処分内容、処分理由等の発表を要求していた際、同日午後一時頃人事課長補佐三木春美がチヤツク付ルーズリーフノートを所持しているのをみとめ、その中に懲戒処分関係の書類が入つているのではないかと疑い、右三木に対しこれを見せるように執拗に要求したが、同人がそのような書類は入つていないことを理由に見せることを拒んだのに立腹し、同人の顔面を平手で三、四回たたき、さらに顔面につばをふきかけて暴行を加え

五、被告人君島孟雄、同今野春治の両名は同月一八日午前一〇時三〇分頃から前記中国地方建設局局長室において、同局管理者側の和里田局長ら二〇名余と全建労側の二〇名余が各出席のうえ開かれた前記懲戒処分に関する抗議ないし処分理由説明要求の交渉に、全建労役員として出席していたものであるが、その席上、組合員らが同局総務部長金田長則に対し、処分理由の説明を要求してつめより、はげしく追及した際、管理者側の一員として出席していた同局会計課長相川恒利がこれを制止しようとして、「暴力的なことをするな」と言つたことを聞きとがめて、同人につめより、共同して、同人の背広のえりをつかむなどして同人の身体を数回壁に押しつけて暴行を加え

六、被告人中島勉は、同月二〇日午後一時過頃から前記中国地方建設局局長室において行われた和里田局長ら同局管理者側と全建労中国地方本部側との間の年末要求に関する交渉に組合役員として出席していたものであるが、同日午後三時三〇分過頃、被告人徳弘ら郷川支部の被処分者約一〇名位が入室した後、組合側は右年末要求に関する交渉を終えたうえ、前記懲戒処分に対する抗議にうつり、処分理由の説明を求めるなどして和里田局長ら管理者側を追及した際、同局人事課長横田貞光に対し、膝で股間を数回突き上げて暴行を加え

たものである。

第四、証拠〈省略〉

第五、法令の適用

被告人徳弘の判示第三の一、被告人井川の判示第三の二の各所為は、いずれも刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人井川、同橋田の判示第三の三、被告人君島、同今野の判示第三の五の各所為は、いずれも昭和三九年法律第一一四号附則第二項にもとづき同法による改正前の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号に、被告人中島の判示第三の四および同六の各所為は、それぞれ刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するので、いずれも所定刑中罰金刑を選択するところ、被告人井川の判示第三の二、同三、被告人中島の判示第三の四、同六は、それぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定められた罰金額を合算し、以上の各罰金額り範囲内において、被告人君島、同今野を各罰金二〇、〇〇〇円に、被告人中島を罰金二五、〇〇〇円に、被告人徳弘、同井川を各罰金二〇、〇〇〇円に、被告人橋田を罰金一〇、〇〇〇円に各処し、右被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文に則り、主文掲記のとおり負担させることとする。

第六、判示第三の事実に関する検察官の主張について

一、「全建設省労働組合の威力を示し」て行われたとの点について

1  検察官は、判示第三の四ないし六の事実につき、前記被告人らが懲戒処分について抗議するにあたり、多数組合員とともに中国地方建設局局長室に押しかけ、全建設省労働組合の威力を示して右各行為をなしたとして昭和三九年法律第一一四号による改正前の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項の適用を主張し、同労働組合の威力を示した具体的行為として、冒頭陳述補足書において、

判示第三の四の事実については

「全建労本部書記長君島孟雄、被告人小林、同中島、同神田および金田豊ほか十数名の同労組員は、午前一一時半頃同局長室に押しかけ、右君島および被告人小林が南企画室長、横田人事課長らの管理者側に対し、今日の責任者は誰か、総務部長を呼んでこいと威たけだかに申し、さらに被告人小林、同中島、同神田は、富永専門官に対し、お前は何しに来たか、と語気荒く申したうえ、前記労組員らの先頭に立つて同労組員とともに富永専門官を取り囲み、責任者は誰か、お前は警察の犬だ、警察と通、通だとの強圧的言辞を弄し」

判示第三の五の事実については

「管理者側と対峙した被告人君島、同今野、同小林、同中島、同神田を含む同労組員らのうちには、本来の団体交渉の場合と異なり、作業服を着用し、あるいは手袋をしたものがおつた状況下において、被告人君島は管理者側に対し、自分は本部書記長の君島だ、官側は多勢出ているじやないか、部外者が入つているかもしれんから、各人職、氏名を名乗つてくれと強要し、右君島以外の労組員らは名乗らないのにかかわらず、管理者側をして労組側の威圧により、その職、氏名を名乗らせたうえ、管理者側が備えつけているテープレコーダーを強引に取り外し、また海野委員長は、今から郷川の不当処分に抗議を行なう旨申し、被告人君島は和里田局長の前に行つて机に腰かけ、被告人今野は金田総務部長の前の机に腰をかけ、被告人中島は同部長の横に近づき、被告人神田は同部長が立つた後の椅子に腰をかけるなどの所為に出で」

判示第三の六の事実については

「午後四時頃海野委員長が団体交渉はこれで終つて行政処分に対する抗議にうつると申したら、被告人小林、同徳弘、同池田、同井川、同橋田、同中島、同神田を含む同労組員らは一せいに動いて、団体交渉中、管理者側との間においてあつた机や椅子を同局長室の片隅に寄せて、同局長や総務部長らの管理者を取り囲み、シヤツターを降ろせ、出口から出すな、と大声を発して窓のブラインダーを降ろしたが、郷川支部の労組員らは全建労の腕章を巻き、被告人井川は写真機を肩にかけるなどの所為に出で」

ることによつて、団体である同労働組合の威力を示したものである、とする。

2  そこで検討するに、前記暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項にいう「団体」は、その成立目的の適法であると不適法であるとを問わないものと解せられるから、労働組合もここにいう団体に含まれると考えられる。

しかし、労働組合は、元来、憲法二八条により保障された労働基本権をもつているのであつて、団結力を背景として団体行動をとることにより、労働条件の維持、改善その他経済的地位の向上をはかることを主たる目的とする。したがつて、労働組合の団結力を背景とする適法な団体交渉等団体行動の際、たまたま暴行行為等がなされたとしても、それゆえに直ちに暴力行為等処罰ニ関スル法律一条にいう団体の威力を示してなされたものと解すべきではない。労働組合の団体交渉等団体行動の際の行為につき、団体の威力を示して暴行等に及んだとして右法律一条の適用があるためには、当該暴行等を行なうにつき、労働組合として社会的に許容される限度を逸脱して、不法にその勢力を示してなした場合でなければならないと解すべきである。

ところで、国家公務員法九八条および一〇八条の五(本件当時においては同法九八条)は団体交渉権、争議権に関する制限を規定している。しかし、国家公務員といえども勤労者として原則的には憲法二八条による労働基本権の保障をうけるべきものであるから、その制限は合理性のみとめられる必要最小限度のものにとどめるべきであり、国家公務員の団結体である本件全建設省労働組合の活動に関し暴力行為等処罰ニ関スル法律一条の適用の有無を考察するについても、右の点を考慮すべきことは当然である。

3  そこで、判示第三の四の事実について考えると、当日局長室において、被告人中島、同小林、同神田らが横田人事課長あるいは富永専門官らに対し、処分内容等に関する発表をもとめ、また局長、総務部長らの行先についてきびしく追及し、その際検察官主張の如き事実の一部が存したことは、後記第七の無罪部分の説明二の(一)でのべるとおりである。

しかし、被告人中島の判示第三の四の所為は、当該判示事実に関し挙示した証拠によれば、前記富永専門官らに対する追及行為が一段落し、管理者側および労組側双方が局長室内における企画室長寄りの椅子に相対して着席し、処分の発表等に関し交渉中、たまたま被告人中島が三木課長補佐の所持するノートの閲覧を求めたことから発生したものであつて、検察官主張の、前記富永専門官らに対する追及行為の際における前記被告人らの行動とは直接関係はなく、また被告人中島が判示所為を行なうにあたり、不法に全建労の威力を示すような行為にでたとみることもできない。

4  次に判示第三の五の事実について検討すると、右事実についての前掲証拠および金田(長)証言、和里田証言によれば、当日の交渉の冒頭において、被告人君島がまず自己紹介をしたうえ、警察の者が入つているといけないから名乗つてもらいたいと要求し、管理者側はこれに応じて各自が自己紹介をしたこと、また被告人君島が管理者側において備えつけていたテープレコーダーの撤去を要求し、その際マイクのコードを引張つたこと、その後処分理由の説明を要求したが、管理者側がこれに応じないので、和里田局長につめよりこれが説明要求をした際、被告人君島が局長の前の机に腰かけるなどの行為に出たことが認められる。

しかしながら、前記証拠によれば、当日の交渉は、検察官主張のように組合側が押しかけて行われたものではなく、それより二日前である一二月一六日の組合側の申入れに管理者が応じた結果、開かれたものであることが明らかであるし、被告人君島が管理者側に自己紹介を求めたのは、前記証拠および被告人らの当公判廷における各供述にてらし、当日被告人君島ら組合側の者約二〇名が局長室に入つた際、管理者側は局長はじめ部課長ら二〇名位という前例のない多数の者が着席しており、かつ当時警察当局において全建労の動きを看視している様子がうかがわれた際であり、また被告人君島自身は全建労本部書記長であるため、中国地建の管理者側の職氏名をほとんど知らなかつたので、これを確かめようとしてなされたことが認められる。

もとより、テープレコーダーのコードを引張つたり、机の上に腰かけるような粗暴な行為は好ましくないけれども、交渉の冒頭あるいは席上において、右のような行為があつたからといつて、その後における処分理由の説明要求中に、会計課長相川恒利の発言をきつかけとして生じた判示第三の五記載にかかる右相川に対する行為までが、団体たる全建労の威力を示して行なわれたということはできない。

5  ついで判示第三の六の事実に関する前掲証拠および金田(長)証言、森田証言によれば、当日午後四時頃年末交渉についての団体交渉を終り、処分に対する抗議にうつるに際し、被告人らを含む組合員が、団体交渉中に管理者側との間においてあつた机や椅子を局長室の片隅によせ、被告人中島がブラインドを降ろしにかかつたことが認められる。

しかし、前記証拠および海野証言、被告人らの当公判廷における各供述によれば、当時局長室においては管理者側十数名と組合側二〇名近くが出席して交渉が行なわれていたうえ、郷川工事事務所から約一〇名の被処分者らがきていたので、被処分者らを中心に処分理由の説明をまとめ、あるいは抗議を行うにつき、主として場所がせまいという理由から机や椅子を片隅によせたものであつて、その際には管理者側の者もこれを手伝つた事実がうかがわれるうえ、ブラインドを降ろそうとしたのは、近くの建物からの警察当局による看視の動きをさえぎるためであつて、金田(長)証言によれば、当日午後二時ないし三時頃の間の交渉中にも、すでにブラインドが降ろされたことがみとめられるので、これらのことから考えると、前記抗議に入るにつき、とくに威力を示すべくブラインドをおろしたものとは直ちにみとめ難い。また検察官主張の、シヤツターを降ろせ、出口から出すな、と大声を発したとの事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

そうだとすれば、検察官の主張する前記事実を理由としては、団体たる全建労の威力を示したものとすることは困難であるといわなければならない。

一方被告人中島の判示第三の六の所為は、被処分者らが入れかわりたちかわり、局長、総務部長、人事課長らに対して処分理由を追及し、または抗議している際、偶発的になされたものとみられるから、被告人中島において団体たる全建労の威力を示したものとはいえない。

6  以上のとおりであつて、右の点に関する検察官の主張はいずれも採用しえないから、判示第三の四および六の各所為については、刑法二〇八条の適用にとどめるのが相当である。

二、判示第三の二の事実中における暴行罪の成否について

検察官は、判示第三の二の事実中、被告人井川が石黒工務課長の胸倉を右手でつかんで引張り立ち上らせた行為につき暴行罪の適用を主張するが、右事実についての前掲証拠によれば、被告人井川は、判示脅迫文言をもつて、右石黒を追及すべく、同人の胸倉を引張つて立ち上らせたものとみとめられるうえ、石黒証言によれば、同人は被告人井川から胸のあたりを手で持たれ、引き上げるようにして大声で立てと言われたので、自然にすつと立つた旨供述しており、これによれば、被告人井川が引張つた力はさほど強いものではなかつたことがうかがわれる。

そうすると、被告人井川の右行為は、脅迫行為の過程において附随的にその一部としてなされた軽度のものであるから全体として脅迫罪を構成すべきものであり、右行為につき別個に暴行罪が成立するものではないと解すべきである。

第七、無罪部分の説明

一、公訴事実

本件公訴事実(前掲第三の各事実を除く)は、

被告人君島孟雄は全建設省労働組合本部書記長、被告人今野春治は同本部執行委員、被告人小林基雄は同労働組合中国地方本部書記長、被告人中島勉は同労働組合広島県協議会議長、被告人神田智光は同地方本部本局支部長、被告人徳弘鹿郎は同地方本部郷川支部長、被告人池田利之は同支部書記長、被告人井川博は同支部技労部会会長、被告人橋田九郎は同支部技労部会副会長をしているものであるが、右労働組合中国地方本部及び郷川支部組合員らが免職などの懲戒処分を受けたことについて中国地方建設局長和里田新平らの同局管理者側に対し抗議するにあたり、多数組合員とともに、広島市基町一番地の同建設局局長室に押しかけ、同労働組合の威力を示し、

第一、昭和三六年一二月一六日同局長室において

一、被告人小林基雄、同中島勉、同神田智光らは、共同して同局建設専門官富永忠に対し、それぞれ壁に押しつけ、或いは胸や肩を突くなどの暴行を加え、

二、被告人中島勉は、同局河川部河川計画課長阿川孝行に対し、両手で背広の襟を掴み局長室に引張りこむなどの暴行を加え、

第二、同年同月一八日前同所において

一、被告人君島孟雄、同小林基雄、同中島勉、同神田智光らは共同して同局長和里田新平に対し、被告人君島が手で背広の襟を掴み椅子の背あてに数回うちつけるなど、被告人小林が手や膝で背後から数回押し上げるなど、被告人中島が手で胸を数回突き、或いは襟を掴んで数回前後にゆすぶるなど、被告人神田が手で胸を数回突くなどの暴行を加え、

二、被告人君島孟雄は

(一)  前記河川計画課長阿川孝行に対し、両手で背広の襟を掴み二米位引張るなど

(二)  同局総務部用地課長西山良晴に対し、両手で背広の襟を掴み数回前後に押す、引張るなど

の各暴行を加え、

三、被告人君島孟雄、同今野春治、同中島勉、同神田智光らは共同して同局総務部長金田長則に対し、被告人君島が両手で背広の襟を掴んで椅子から引き起し、数回前後にゆすぶるなど、被告人今野が両手で胸の辺を十回位突き、腕を掴んで数回引張つたりゆすぶつたりするなど、被告人中島が両手で襟または腕を掴み数回前後に引張つたり、突いたりするなど、被告人神田が両手で襟を掴み数回前後にゆすぶり、或いは押す突くなどの暴行を加え

第三、同年同月二〇日前同所において

一、被告人小林基雄、同徳弘鹿郎、同池田利之、同井川博らは、共同して前記局長和里田新平に対し、被告人小林が手で襟を掴み数回前後にゆすぶるなど、被告人徳弘が両手で胸倉をとつて引き立て数回前後にゆすぶるなど、被告人池田、同井川がそれぞれ両手で襟を掴み、右同様数回前後にゆすぶるなどの暴行を加え、

二、被告人橋田九郎、同神田智光、同井川博、同中島勉らは共同して、同局総務部人事課長横田貞光に対し、被告人橋田が両手で背広の襟を掴んで引張り、被告人中島が両手で襟首を掴んで押し倒し、足を蹴るなど、被告人井川が両手で襟を掴み数回前後にゆすぶるなど、被告人神田が足を蹴るなどの暴行を加え、

三、被告人中島勉は前記用地課長西山良晴に対し、両手で背広の襟を掴み数回前後にゆすぶるなどの暴行を加え、

四、被告人徳弘鹿郎、同池田利之、同井川博らは、共同して前記総務部長金田長則に対し、被告人徳弘が両手で背広の襟を掴み数回前後にゆすぶり、或いは突くなど、被告人池田、同井川がそれぞれ手で襟を掴み数回前後にゆすぶるなどの暴行を加え、

五、被告人井川博は、同局総務部厚生課長森田貞泰に対し、両手で背広の襟を掴み数回前後にゆすぶるなどの暴行を加え、

六、被告人井川博、同橋田九郎らは、共同して同局総務部厚生課労務係長友田博三に対し、被告人井川が両手で背広の襟を掴み数回前後にゆすぶるなど、被告人橋田が同様襟を掴み前後にゆすぶるなどの暴行を加え、

もつて、いずれも団体の威力を示し、共同または単独で暴行を加えたものである。

というにあつて、検察官は右はいずれも昭和三九年法律第一一四号付則第二項にもとづき同法による改正前の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項に該当し、なお、右公訴事実中の「・・・・するなど」の「など」は明記行為以外の行為を意味しない旨主張する。

二、昭和三六年一二月一六日の行為について

(一)  被告人小林、同中島、同神田の富永忠に対する暴行について(前記第一の一)

1 富永証言、森田証言、横田証言、和里田証言、金田(長)証言、海野証言、第三五回公判調書中の証人田村豊の供述記載部分、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すると次の事実がみとめられる。

昭和三六年一二月一六日午前一一時頃、中国地方建設局人事課長横田貞光らは、同局総務部長金田長則らの指示にもとづき、同局長室において、新聞記者等報道関係者に対し、その前日である同月一五日付で行なわれた前記懲戒処分について被処分者、処分内容等の発表を行なつた。一方、和里田局長は、同日午前一〇時過頃、広島県庁へ、金田総務部長は同日午前一一時頃広島市民病院へ、それぞれ出向いた。

ところで、右発表を知つた組合側は、同日午前一一時三〇分頃、被告人小林、同中島、同神田、同君島、その他全建労中国地方本部の役員などあわせて一〇名余が局長室にいたり、同室にいた人事課長横田貞光、厚生課長森田貞泰らに対し、組合に対しても、右懲戒処分について、被処分者、処分内容、処分理由等を明らかにすることを求めるとともに局長あるいは総務部長に会わせてもらいたい旨強く要求した。しかしながら横田人事課長らは、懲戒処分に関し組合側に発表することを一切拒否し、また局長、総務部長に対する面会要求については、今その所在が判らない旨回答した。これに対し、組合側は、局長らは「どこへ行つたのか」「さがせ」などとこもごも追及し、両者間に押問答がつづいた。

そのような状況にあつたところへ、労務管理を担当していた同局建設専門官富永忠が総務部長室寄りの出入口から局長室に入つてきた。これをみとめた被告人神田、同中島、同小林は右富永につめより、こもごも「今日の管理者は誰か、団体交渉したいんだが誰とすればいいんか」、あるいは「管理者はなぜいないのか」などと追及したが、その際同人の背広のえりを持つてゆすぶり、あるいは肩を押すなどのことも右追及に附随していくらか行なわれた。前記被告人三名はさらに、「組合は誰と交渉すればよいのか」などと言いながら、交互にあるいは一しよに同人を押すようにして約一メートルほど後退させ、同室総務部長室寄りの壁際にある書類棚の隅の付近に押しつけた。富永専門官は右のようにして壁際に後退するについては、全く抵抗はしなかつた。

右認定によれば、公訴事実中、右被告人ら三名が富永を壁に押しつけたとの点については、ほぼそのような行為があつたことをみとめうるけれども、胸や肩を突いたとの点についてはこれをみとめることができない。

2 そこで、壁に押しつけたとの点について、さらに検討するに、前記認定によれば、そもそも右被告人ら三名が富永につめ寄つたのは、前叙の如く、横田人事課長らが懲戒処分に関する発表を拒否し、局長らの所在も判らない旨答え、組合側と押問答している状況のところへ、建設専門官である富永が入室してきたので、同人に対し、局長らが不在であるうえ、その行先も不明であることについて抗議し、かつ局長らに代わるべき責任者が誰になるのかなどと追及するためであつて、富永専門官を書類棚に押しつけた前記行為も、前述のとおり、「組合は誰と交渉すればよいのか」など、懲戒処分の発令をしながら局長、総務部長という最高責任者がそろつて不在で、行先さえ不明であることへの抗議の言葉とともに、これに附随的に行なわれていることが明らかである。

そして、右のように押しつけた行為は、一応有形力の行使ではあるが、押した距離は僅か一メートル位にすぎないうえ、押しつけたのは壁というよりもむしろ書類棚であり、その際富永は何ら抵抗することなく後退し、かつ書類棚に接触した際も、またその後においても、右被告人らが強く同人を押しつけた模様はうかがわれない。

もつとも、右に関し被害者である富永証人は、書類棚に押しつけられている際、押されて頭を壁に打つた記憶がある旨供述しているが、同人は書類棚に押しつけられたと供述しながら、別段その状況も述べずに、右の如く頭を打つたのは壁である旨述べるなど不自然さがうかがわれるうえ、打つた程度や態様について何ら述べていないのであつて、この点に関する右供述は信用し難い。なお、森田証言中における叙上の認定事実と異なる部分も同証人の供述が富永証言とくい違う点があるのに加え、事実をやや誇張して供述している傾向がうかがわれるから、これを採用しえない。

3 そうだとすれば、被告人ら三名が富永を書類棚に押しつけた行為は、前示抗議ないし追及行為に附随的になされた軽微な有形力の行使にすぎないものといわなければならない。そして、前記の如く、管理者側が処分通知書等を被処分者に直接交付するという方法をとらないで郵送に付し、さらに懲戒処分に関し報道関係者に発表しながら、組合の発表要求については全くこれを拒み、局長も総務部長も不在であるのに、横田人事課長らにおいてもその行先を詳らかにしなかつたなど、管理者側の妥当性を欠くとみられる一連の処置および行動ならびに富永は建設専門官として労務管理に従事し、本件懲戒処分についても重要な役割を果したものとみられる地位にあつたことなどを考慮すると、右被告人らの同人に対する抗議ないし追及は、その目的において不当なものとはいえないし、また前記のいきさつからすれば、それが興奮のため多少はげしくなることも、ある程度やむをえない自然の勢いというべく、結局右行為の法益侵害程度が軽微であることと前記の如き行為の目的、手段態様を総合して考察すれば、いまだ暴行行為として処罰するに足る程度の実質的違法性を欠くものと解すべきである。

(二)  被告人中島の阿川孝行に対する暴行について(前記第一の二)

1 第一九回公判調書中の証人阿川孝行の供述記載部分(以下適宜「阿川証言」と略称する)証人北河吾郎の当公判廷における供述、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)によれば、前記(一)の如く、被告人中島を含む全建労中国地方本部役員など一〇名余が局長室にいたり、横田人事課長らに対し、懲戒処分の内容、処分理由等の発表を要求していた同月一六日正午頃同局河川計画課長阿川孝行は、局長室へ来るようにとの同局厚生課労務係長からの連絡により、局長室に行くため、庶務課付近の廊下まで来た際、偶然被告人中島に出会つたところ、同被告人は、右阿川に対し、同人は局長室へ入らない方がよいと言つたが、同人はこれに応ぜず、「そういうわけにはゆかないから入る」と言つて入室しようとしたので、被告人中島は「計画課長で責任が持てるならこい」と言つて右阿川の背広のえりをつかみ、数メートル位引張るようにして歩いた事実がみとめられる。

2 しかし、前記証拠によれば、被告人中島が阿川の背広のえりをつかみ、引張るようにして歩いたのは、庶務課出入口付近から総務部長室に入つたあたり、すなわち局長室出入口の手前までにすぎず、その後は、阿川は被告人中島と並んで、同被告人に引張られることはなく、自らの意思で局長室に入つたとの事実も明らかである。

3 したがつて、公訴事実記載のように、被告人中島が阿川課長の背広のえりを両手でつかみ、局長室に引張りこんだとの事実はこれをみとめることができない。

三、同年一二月一八日の行為について

(一)  同日の概況

富永証言、和里田証言、金田(長)証言、横田証言、海野証言および山本証言を総合すると次の事実がみとめられる。すなわち

前記一六日の管理者側と組合側との折衝は、結局管理者側が被処分者の氏名とその処分内容についてのみ横田人事課長においてこれを発表し、また組合側が局長と会う機会を、同月一八日に設けるように努力することを管理者側が約束し、組合側もこれを了承することによつて終つた。そして、同月一八日午前一〇時三〇分頃より、局長室において、前記懲戒処分に関し管理者側と組合側との間の交渉が行なわれた。これには、管理者側は和里田局長、金田総務部長はじめ、同局の部課長ら二〇名余りが出席し、組合側からは被告人君島、同今野、同小林、同中島らをはじめ全建労中国地方本部の役員二〇名余りが出席した。席上、組合側から中国地方本部の海野委員長が、和里田局長に対し、前記懲戒処分が不当である旨の抗議をし、その撤回をもとめるとともに、処分理由の具体的な説明を要求した。

これに対し、和里田局長は、処分理由は処分説明書記載どおりで、それ以上は答えられない、要するに国家公務員法第八二条にもとづき処分したとのみ回答し、具体的な処分理由の説明は何ら行なわず、また処分が同条の何号に該当するとしてなされたのかも明らかにしなかつた。

海野委員長ら組合側は、金田総務部長や横田人事課長に対しても処分理由等の説明をもとめたが、同部長も局長と同じ内容のことを答えたのみであり、横田人事課長は上司の命令がなければ述べられないとした。

そのため、前記被告人らを含む組合員数名はこれに納得せず、局長、総務部長らの近くにつめ寄り、処分について抗議し、あるいは処分理由の説明をもとめた。しかし、局長、総務部長らは、依然前同様の言葉をくりかえし、または沈默するのみの状態がつづいたが、組合側の処分理由の説明要求行為等に附随して、後記の如き行為がなされたのである。

(二)  被告人君島、同小林、同中島、同神田の和里田新平に対する暴行について(前記第二の一)

1 被告人君島、同小林の行為について

和里田証言、富永証言、横田証言、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すると、前記(一)のように、組合員らが和里田局長につめより、処分理由の説明をもとめて追及した際、被告人君島が局長の前のテーブルにあぐらをかくようにして坐り、椅子から立ち上つて同被告人と相対していた和里田局長の胸のあたりを押し、そのため同局長がよろけて椅子に腰をおろすと、局長の立ち上つたあとの椅子の左ひじかけに腰かけていた被告人小林が、「痛い」と言つて手や膝で同人の腰のあたりを持つて立ち上らせたということが数回あつたことを認めうる。

しかし、公訴事実記載の如く、被告人君島が局長の背広のえりをつかみ、椅子の背あてに数回うちつけたというような強度な有形力の行使が行われたことは、前記各証言はもとより、その他の証拠によつてもこれを認めることができない。

2 被告人神田の行為について

和里田証言、森田証言によれば、右1の被告人君島、同小林の各行為がなされた際、被告人神田がその付近におり、和里田局長の肩を押したことはみとめられる。しかし、公訴事実記載の如く、同被告人が和里田局長の胸を手で数回突いたとの事実はこれをみとめるに足る証拠がない。

3 被告人中島の行為について

和里田証言、森田証言によれば、前記1の被告人君島、同小林の各行為がなされた際、被告人中島がその付近におり、和里田局長の肩のあたりを押したことはみとめられる。しかし、公訴事実記載の如く、被告人中島が和里田局長の胸を数回突いたとの事実はこれをみとめるに足る証拠がない。もつとも、西山証人は、被告人中島が土足のままテーブルの上にあがり、立つている局長の肩のあたりを突いた旨供述するが、和里田証言によれば、和里田局長の前のテーブルには被告人君島が坐り、被告人中島は、和里田局長の右側の床の上に立つていたというのであり、横田証言および森田証言はいずれもこの点につき右和里田証言と同趣旨であつて前記西山証言と異なつている。そして、多人数の者がいて混雑していた当時の状況からすれば、西山証人の見誤りあるいは記憶違いの疑いもあるから右西山証言は全面的には信用しがたい。いずれにしても、被告人中島が和里田局長の胸を数回突いたとの事実をみとめるべき証拠が十分でないといわざるをえない。

次に公訴事実中、被告人中島が和里田局長の背広のえりをつかんで数回前後にゆすぶつたとの点については、和里田証人において同被告人からそのような行為をうけたとは述べていないところ、富永証人は、被告人中島が同今野と共同して右局長をゆすぶつた旨供述するが、その程度や態様については全く述べていないので不明であり、また西山証人は、「たしか中島と思うが、局長の胸倉をつかんで前後にゆすぶつた」旨供述しているけれども、右行為者が被告人中島であることを特定するにつき、なおあいまいであることを免れない。

以上により、被告人中島が和里田局長の背広のえりをつかんでゆすぶつたとの点もまた証明不十分といわざるをえない。

4 次に被告人君島、同小林の前記1の各行為に関する可罰性について検討する。

(イ) まず、被告人君島、同小林ら全建労役員らが、前記の如く、局長ら管理者に対し、懲戒処分に対して抗議してその撤回をもとめ、あるいは処分理由について具体的説明を要求した行為が正当なものであつたかどうかについて考える。

この点に関し、本件当時施行されていた人事院規則一四-〇「交渉の手続」は、国家公務員法上の職員団体と当局との間の団体交渉に関し、懲戒に関する事項を交渉の対象から除外していた(ちなみに、右人事院規則は昭和四一年七月九日に廃止されたが、昭和四〇年法律第六九号をもつて改正された現行国家公務員法一〇八条の五の三項は、「国の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない」と規定しており、この規定には個々の懲戒処分行為が団体交渉の対象とならない趣旨が含まれていると解される。)。

しかし、そうであるからといつて、国家公務員法上の労働組合が、その内容あるいは手続等において違法ないし不当と考える懲戒処分に対し、組合として何らの行動をもとることが許されぬとは解されない。

すなわち、組合は当該処分者とともにその懲戒処分に抗議し、あるいは処分説明書等の記載が具体的でないとして、処分理由の説明をもとめる行為に及ぶことは、その手段、方法において相当な範囲をこえない限りにおいては、憲法上保障された勤労者の団体行動権の行使として許容されるものと解すべきである。

(ロ) これを本件についてみるに、一二月一八日の交渉は、懲戒処分に関し処分理由の説明をもとめるための交渉をもちたいという、同月一六日における組合側の申入れを管理者側が受けいれて開かれたものである。一方、被処分者に対しては、前記のとおり、処分通知書等を郵送するという異例ともいうべき手段で処分が通知され、被処分者が処分通知書等を直接交付される場合に当然与えられるべき不明瞭な個所に対する釈明要求の機会が与えられていないうえ、処分説明書の記載についても、金田(長)証言によると、たとえば被告人小林の場合、処分理由の記載が、同被告人において昭和三六年一〇月頃から同年一二月上旬頃の間に宿日直拒否等の指導的役割を果したというのみで、根拠法令も国家公務員法八二条であるとの記載があるにすぎないように、きわめて具体性にかけたものであつたことがうかがわれ、他の被処分者に対するそれも、右の程度以上のものであつたとの証拠はない。

いうまでもなく、国家公務員法が被処分者に対する処分説明書の交付を義務づけているのは、被処分者において、自己の処分理由を熟知することが不服申立をするか否かを決し、また不服申立をした場合に右申立を理由あらしめるべく行動するために是非とも必要であるからである。それゆえ、処分説明書に記載すべき処分事由は、なしうるかぎり、日時場所等により特定された具体的事実をあげるとともに、その事実が国家公務員法八二条の何号に該当するかも明示されなければならないものというべきである。

その点からみると、本件処分説明書の記載状況は前記のとおりであつて、決して十分なものではなかつたことがうかがわれる。そしてこのことは金田(長)証人自身もその証言中でみとめているところである。したがつて、組合側が被処分者の一人である被告人小林をもまじえた交渉の席で、管理者らに対し、処分について抗議し、かつ処分理由を具体的に明らかにすることを要求したのは、それ自体としては相当な行為として是認されるべきものと解せられる。

(ハ) そこで、被告人君島、同小林の前記1の行為についてみるに、前記のとおり、それらの行為は被告人らの処分理由の説明要求に対し、「国家公務員法八二条で処分した、それ以上何号に該当するかはいえない」などとしか回答しない局長を追及した際の行為であつて、和里田証言によれば、それらは八二条云々の応答にあたつて附随的に行なわれたことが明らかであり、富永証言によれば、和里田局長はその際押されてよろけたため、しりもちをついた程度のことである。したがつて、被告人君島の和里田局長の胸を押した行為は、処分理由を明らかにすることなど、すべて拒む局長に対し抗議して回答を促すために軽く胸を押したもの、また被告人小林の行為は、よろけて椅子にしりもちをつく局長を立ち上らせたにすぎないものとみとめられ、いずれの行為も処分理由の説明要求に附随してなされた軽微な有形力の行使であるといえる。そうだとすれば、右各行為は法益侵害程度の軽微性、行為の目的の相当性ならびに手段、態様等を総合し、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解すべきである。

(三)  被告人君島の阿川孝行に対する暴行について(前記第二の二の(一))

1 阿川証言、西山証言、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すれば、次の事実がみとめられる。

阿川課長は前記管理者側と組合側との交渉に際し、管理者側の一員として出席し、同局長室東南隅付近の椅子に坐つていた。そして、被告人君島、同小林らが和里田局長につめより、処分理由の説明を要求するなどして追及するのを見て、同人らに対し、「かわいそうだからそうしなさんな」などと言つて、同人らの局長に対する追及を制止しようとした。すると、被告人君島が阿川課長のところまでやつてきて、「お前はいらんことをいうな」「今度の事件の責任の一端はお前にある、出てきてあやまれ」などと言いながら、椅子に腰かけていた同課長の背広のえりを持つて、局長室中央付近に向け、二ないし三メートル位引張つたことがみとめられる。

2 そこで右行為の程度、態様について検討するに、被告人君島が阿川課長を二ないし三メートル位引張つた状況について、被害者とされている証人阿川孝行の供述するところは、「局長がしよんぼりしておるので、かわいそうだからそうしなさんな、というようなちよつと制止のようなかつこうで手を出したところ、お前はいらんことをいうな、というわけで中へ立たされた。ええ、立たされるとき確か君島氏がえりをつかんで真中へ立たされたと思つています。(むりやりに立たされたんですかとの質問に対し)まあそういうかつこうです」というのであり、また目撃証人西山良晴の供述は、「多分背広のえりをつかんで前の方へ引張り出したと記憶している」というのみである。したがつて、被告人君島の右行為について、いやがる阿川課長のえりをつかみ、むりやり引張り出した如き状況はうかがわれず、むしろ、前記阿川証人の供述にてらし、同人は被告人君島に引張られはしたが、抵抗することもなく、歩いて前へ出たことがうかがわれる。このことと被告人君島が引張つた距離が僅か二ないし三メートルにすぎないことを考え合わせると、被告人君島の行為は有形力の行使とはいえ、それによる被害法益侵害の程度はきわめて軽微であるといわなければならない。

3 次に被告人君島が右のような行為に及んだいきさつについて考察すると、阿川証言、西山証言、藤内証言および被告人君島の当公判廷における供述を総合すれば、前記の如く和里田局長らが処分理由等について全く説明しようとしないので追及中(処分理由の説明を要求すること自体が相当な行為として是認されるべきことは前記(二)で述べたとおりである)、阿川課長がこれを制止する態度に出たので、被告人君島は、同人がかねて阿川発言として問題となつた「組合側があまり強硬な態度をとるなら郷川工事事務所を廃止する」旨のいわば暴言をはいた河川計画課長であることを知り、前記制止行為や右阿川発言に関し陳謝させる目的で、部屋の隅の方にいた同人を中央へつれ出すべく引張つたものとみとめられ、格別それ以上暴行を加える目的であつたとはみとめられない。もつとも、西山証人は、被告人君島が阿川課長を引張り出し、はげしくえりをつかんで十回位前後にゆすぶつた旨供述しているが、被害者とされる阿川証人自身がそのような暴行をうけたことは少しも述べておらず、同証人は一二月一八日、同月二〇日の両日における多数の行為につき、かなりの日時の経過後において証言しているため記憶の混同も考えられるので、西山証人の前記供述は採用しがたい。なお、阿川証言によれば、同人は局長室中央付近につれ出された後、被告人君島からとつさに胸のあたりを押された際に転倒したことがうかがわれるけれども、他面において同証言によれば、阿川が局長室中央へつれ出された後、同人と被告人中島とが、本件闘争の発生につき、どちらが挑発したかと押問答をした際、被告人君島が阿川の胸をちよつと押したにすぎず、阿川が転倒するにいたつたのは、たまたま同人がひじかけ椅子の横に立つていたため、ひじかけに引つかかつたことによるものとみとめられるのであつて、もとより被告人君島において予期しなかつたことと思われる。

4 以上によれば、被告人君島の前記行為は、前記のとおり懲戒処分の理由説明等を局長らに対し要求中、これに附随して発生したきわめて軽微な有形力の行使にすぎないうえ、右行為に及んだいきさつ、動機についてみても必ずしも不当とはいえず、結局暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解される。

(四)  被告人君島の西山良晴に対する暴行について(前記第二の二の(二))

1 西山証言、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)によると次の事実がみとめられる。

西山用地課長は、管理者側と組合側との前記交渉にあたり、管理者側の一員として出席し、局長室東南隅付近の椅子に坐つていた。そして被告人君島、同小林らが前記のように和里田局長につめより処分理由の説明等を要求して追及するのを見て、同人らに対し、「そういうことはやめなさい」と言つてこれを制止しようとした。すると被告人君島がやつてきて、西山に対し「よけいなことをいうな」と言つて背広のえりを両手でつかみ、持ち上げるようにして前後に五、六回ゆすぶつた。そして被告人君島が手を離したので西山はまたそのまま椅子に坐つた。

2 そこで被告人君島の右行為についてさらに検討するに、西山証言によれば、被告人君島から右のようにゆすぶられた際、西山は引張られて移動させられたようなことはなく、また足も動いたことはないし、立ち上るについても抵抗していないとのことである。なお、相川証言によれば、西山は被告人君島に引き立てられ、二、三歩前へ出たというのであるが、右は西山証言にてらし信用しがたい。ところでさらに留意すべきは、西山証言には後記(四の(四)のとおり、かなり事実を誇張している傾向が散見されるところ、西山証人が自己が被害者とされている事実について前記の程度の証言をしているにすぎないことである。結局、被告人君島の本件ゆすぶり行為は軽度のものにすぎなかつたものというべく、しかもそれは前叙の如く局長らに対し処分理由の説明等を要求中に西山が横から口出しをしたためこれに抗議した行為で、右処分理由説明の要求等に附随してなしたものにほかならない。

そうだとすれば、被害法益侵害の軽微であること、行為の態様、いきさつ等を総合して考慮し、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解せざるをえない。

(五)  被告人君島、同今野、同中島、同神田の金田長則に対する暴行について(前記第二の三)

1 金田(長)証言、富永証言、横田証言、森田証言、第二五回、第二六回各公判調書中の証人花房政夫の供述記載部分(以下適宜「花房証言」と略称する)西山証言、山本証言、被告人君島の当公判廷における供述、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すると、前記(一)のとおり、局長、総務部長らが処分理由について具体的な説明を全くしようとしないので、組合員らが金田総務部長につめより処分理由の説明をもとめて追及した際、被告人君島が立つて回答するように申し向けて金田総務部長の背広のえりをもつて立ち上らせて数回ゆすぶり、それから間もなく被告人今野が同様に同人の背広のえりをつかみ前後にゆすぶり、その後しばらくして被告人中島が国公法八二条云々と抗議しながら同人のえりをつかみゆすぶつたことがみとめられる。しかし、右以外の点については、前記証人らの供述は、互いにくい違つた点が非常に多いうえ、あいまいな面もみとめられ、それらがいずれも本件後長時日を経たのちの供述であるばかりでなく、当時現場には数多くの者が右往左往していた状況にあつたことを考慮すると、にわかに採用しがたく、結局右被告人三名については、前記認定行為以上に、公訴事実記載の如きかなり強度の暴行行為を行なつた事実はこれをみとめることができない。

2 次に被告人神田が、金田総務部長に対し公訴事実記載の如く背広のえりをつかみ数回前後にゆすぶり、あるいは押す突くなどの暴行を加えたことは、これをみとめるに足りる証拠がない。

3 そこで、被告人君島、同今野、同中島の前記各行為の可罰性について検討するに、被告人君島が金田総務部長の背広のえりをもつて立ち上らせた行為については、金田(長)証人自身が「立てということで引き立てられて、要するにその結果私が立つたわけでございます」と供述しており、同人がいやがるのをむりやりに立ち上らせた状況はみとめられない(目撃証人である森田貞泰は金田が自分で立つた旨供述している)。また、その他の行為もいずれも背広のえりをもつて数回ゆすぶる程度であつて、右被告人らの行為はいずれも軽度の有形力の行使にすぎなかつたとみられるし、右被告人らが前記行為に出たいきさつは前記(一)のとおりであるうえ、処分理由の説明をもとめたこと自体が相当な行為として是認されるべきものであることは前記(二)の4で述べたとおりである。そして前掲証拠によれば、右被告人らの前記行為はいずれも組合側の処分理由説明要求に対し、国公法八二条であると答えたほか、全く具体的な説明をしない金田総務部長に対し、強く説明を促すに際して行なわれたものとみとめられる。

以上のとおり、被害法益侵害の程度が軽微なこと、行為の目的の相当性、行為の態様などを総合して考察し、右被告人ら前記行為はいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解すべきである。

四、一二月二〇日の行為について

(一)  同日の概況

和里田証言、金田(長)証言、横田証言、友田証言、海野証言、第三六回公判調書中の証人井川都の供述記載部分(以下適宜「井川証言」と略称する)、第三七回公判調書中の証人田仁栄三郎の供述記載部分(以下適宜「田仁証言」と略称する)、第三七回公判調書中の証人寺田智の供述記載部分(以下適宜「寺田証言」と略称する)、被告人徳弘、同小林、同井川、同池田の当公判廷における各供述を総合すると、次の事実がみとめられる。

同日午後一時過頃から中国地方建設局長室において、年末要求に関する団体交渉が行なわれ、これには管理者側から和里田局長、金田総務部長、横田人事課長、森田厚生課長ら一〇数名が、組合側からは海野全建労中国地方本部委員長、被告人小林、同神田、同中島ら二〇名近くの者が出席していた。ところで、前記懲戒処分をうけた者のうち、郷川工事事務所に勤務していた被告人徳弘、同井川、同池田、同橋田らは、前叙の如く、処分説明書の記載が抽象的であるため、当時の郷川工事事務所長伊勢田哲也に対し、処分理由の説明を要求した。しかし、同所長は「処分理由の詳細は自分では判らない。出勤扱いにするから、被処分者ら自身が中国地方建設局に出向いて、最高責任者である局長から直接に処分理由の説明をもとめてもらいたい」旨回答した。

そこで、被告人徳弘、同井川、同池田、同橋田の被処分者らは、一部その家族をも含めて一〇名位となり、同日中国地方建設局に出かけた。ところが、同局においては、たまたま年末要求に関する交渉が行なわれていたので、しばらく待機し、その終了の気配を知つて、同日午後三時半過頃局長室に入つた。その後約一〇分ほどして年末要求に関する交渉は終了し、海野委員長が「これから懲戒処分に対する抗議にうつる、三次から被処分者達が処分理由を聞きにきているので、説明してもらいたい」旨和里田局長ら管理者に申し向け、郷川工事事務所からやつてきていた被告人徳弘、同井川らの被処分者を管理者らの前面に出した。被告人徳弘、同井川、同池田、同橋田らは和里田局長らに対し、処分に抗議するとともに処分理由の説明をもとめた。しかし、和里田局長、金田総務部長らは、「処分理由は処分説明書に書いてあるとおりである、国家公務員法第八二条により処分した、八二条の何項かは申し上げられない」などといつたほか口をつぐみ、被告人徳弘ら被処分者に対し処分理由に関し少しも説明しようとする態度を示さなかつた。そこで被告人徳弘、同井川、同池田らは、和里田局長、金田総務部長あるいは横田人事課長などにつめより、後記の如く、背広のえりを持つてゆすぶるようにして処分理由の説明をもとめて追及し、あるいはその説明をしないことなどにつき抗議したが、結局、局長ら管理者側は何らの説明もしなかつた。

(二)  被告人小林、同徳弘、同池田、同井川の和里田新平に対する行為について(前記第三の一)

1 横田証言、友田証言、第二七回公判調書中の証人石田一男の供述記載部分(以下適宜「石田証言」と略称する)、花房証言を総合すると、被告人小林、同徳弘、同池田、同井川は、前記(一)の如く、和里田局長に対し懲戒処分について抗議し、処分理由の説明をもとめた際、それぞれ同局長の背広のえりをつかみ、数回前後にゆすぶつたことがみとめられる。しかし、公訴事実中、被告人徳弘が和里田局長の胸倉を両手でとつて引き立てたとの点は、これにそう横田証言が存するけれども、和里田証言によれば、同人が自分で立ちあがつた旨供述しており、また右の点に関する横田証言は石田証言とも異なつているから、結局措信しがたい。したがつて被告人徳弘に関する前記事実はこれをみとめることをえないのである。

2 そこで被告人らの前記行為の可罰性についてさらに検討する。

(イ) まず、前記被告人らが同日局長ら管理者側に対し、処分に抗議し、かつ処分理由の説明を要求した行為が相当なものであつたかどうかについてみるに、前記懲戒処分は免職、停職各二名を含むというきびしいものであつたにもかかわらず、処分通知書、処分説明書が被処分者に直接交付されず、郵送されるという異例ともいうべき措置がとられたうえ、処分説明書の記載が抽象的で明確を欠く点があつたとみとめられることは前叙のとおりである。そのため、前示(一)記載のように、被告人徳弘らは直接の上司である郷川工事事務所長伊勢田哲也に対し、処分理由の説明をもとめたが、同所長は回答ができず、中国地方建設局に出向いて局長らに聞いてもらいたいとのことだつたので、被告人徳弘らは中国地方建設局へ出かけたのである。そうすると、被処分者である右被告人らが処分に抗議し、処分理由の具体的な説明を局長らにもとめようとしたことは相当な行為であるといわなければならない。

(ロ) 一方、和里田証言によれば、局長ら管理者側としてはそもそも処分通知書などを手交せず郵送したのは、郷川工事事務所長の交替があつたため、処分について説明をもとめられても困るだろうということもその理由の一つであつたというのであるから、わざわざ三次市からやつてきた被告人らに対し、前記(一)の如く、一切の説明を拒否するような態度に出る以外に何らかの適切な措置がなされるべきではなかつたと思われる。

(ハ) 次に前記被告人らの行為の態様等についてみるに、前掲証拠および井川証言、田仁証言、寺田証言、被告人徳弘、同井川、同小林、同池田の当公判廷における各供述を総合すると、右被告人らの前記行為は、前記(一)のように、処分理由の説明を拒み口をつぐんでいた和里田局長に対し、「あすから我々は女房、子供を養えないじやないか、処分理由を説明しろ」などと言いながら、処分に対する抗議、処分理由の説明を要求する行為とともに、すがりつくような、あるいは哀願するような行為をもまじえてなされたことがみとめられる。そして行為の態様としても背広のえりをつかみ数回ゆすぶつたというもので、それも格別はげしかつたとの事実は認め難い。もつとも、和里田証言、横田証言、石田証言中には、和里田局長が転倒し、あるいは転倒しそうになつたことがあつた旨の供述があるけれども、それが右被告人らの行為によるのかどうか、また誰の行為によるのかということについてはいずれもあいまいで、前記被告人らのゆさぶり行為などによるものと認めるべき証拠は十分でない。

したがつて、前記被告人らの右行為は、有形力の行使とはいつても、その被害法益侵害の程度は軽微であること、右被告人らの処分理由の説明をもとめようとした目的において相当とみとめられ、右行為はこれに附随してなされたものであること、その行為の態様、管理者側の措置が必ずしも適切でなかつたことなどの諸事情を総合すれば、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解せざるをえない。

(三)  被告人橋田、同中島、同神田、同井川の横田貞光に対する行為について(前記第三の二)

1 被告人橋田、同井川の行為について

横田証言、石田証言、友田証言、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すると、前記(一)の如く、管理者側に対し、処分に抗議し処分理由の説明をもとめて追及した際、人事課長横田貞光に対し、被告人橋田が同人の背広を両手でつかんで引張り、そのため同人が前へ動いたこともあつたこと、被告人井川が同人の背広のえりを両手でつかみ数回ゆすぶるようにしたことがみとめられる。

2 被告人中島の行為について

まず同被告人が、横田課長のえり首を両手でつかんで押し倒したとの点については、横田証言によれば、同証人も「〈3〉(前記検証調書第一四図)で中島君じやなかつたかと思うが、ソフアーに押し倒されて」「中島君はまあ共同して押しておりますので、やはり押したんじやないかと思いますが」と供述しているにすぎず、また森田証言も反対尋問に際し、結局「中島さんがソフアーの前におつて横田さんと一しよにソフアーに倒れ込むようになつたわけですね、だから中島さんが押したというふうに思つたわけです」というにとどまる。

したがつて、被告人中島が横田課長を押し倒したとの点については、これをみとめるべき証拠が十分でないといわなければならない。

次に、同被告人が横田の足を蹴つたとの点については横田証言によつても、横田証人自身同被告人に蹴られたとはのべておらず、また花房証言によれば、同証人は被告人中島、同小林、同神田のうちのだれかが蹴つたが、はたして誰が蹴つたか、そのときのはきものがどんなものであつたかも憶えていない旨供述しているのみである。

したがつてこの点に関しても同被告人の行為はこれをみとめるべき証拠が十分でないといわざるをえない。

3 被告人神田の行為について

同被告人が横田課長の足を蹴つたとの行為については、同被告人は極力否定するところであるが、横田証言によれば、同証人は「神田はビニールのぞうりをはいており、私は下を見ていたので蹴つたのを見た」旨供述している。しかし、同証人はまた「神田君が足を蹴りましたときには、まわりに四、五人位がよつていつせいにけつた、誰がどういう蹴り方をしたかわからない」旨供述しているのであつて、これらの供述からうかがわれる、蹴られたという当時の状況から考えると、横田課長を蹴つたのが被告人神田である旨の前記供述は、必ずしも全面的に信用しがたい。また被告人神田の本件行為に関する花房証言については前示2で述べたとおりである。したがつて、被告人神田の右行為についてもまたこれを認めるべき証拠が不十分であるといわざるをえない。

4 そこで、前記1の被告人橋田、同井川の各行為について検討するに、(一)で述べた如く、同人らの行為は、いずれも処分理由を明らかにしない管理者側の態度につき、横田人事課長に抗議し、処分理由の説明を要求するに際し、附随的になされたもので、行為の態様も背広のえりをつかみ引張る、あるいはゆすぶるという程度のもので、軽度の有形力の行使というべく、被害法益侵害の程度も軽微なものであると解される。もつとも、横田証言によれば、右被告人両名の行為につき同証人は背広のえりを両手でつかみ小突かれた旨供述しているが、同証人が当の被害者である以上、とかく被害感情等から誇張的表現になりやすいこと、同人が管理者側の重要な一員である立場などを考えると、その言葉どおりの行為として全面的に措信することはできず、結局同証人のいう小突いたとの行為はえりをつかみゆすぶる程度の行為ではなかつたかと解せられる。

そして、被告人両名が右のような行為に出るにいたつたいきさつは前記(一)で述べたとおりであり、また処分理由の説明をもとめた行為自体が相当と解せられることも前記(二)で述べたとおりである。

さらに被告人両名はいずれも免職あるいは停職というきびしい処分をうけた本人であつてみれば、人事に関する直接の担当者である横田人事課長が右被告人らの説明要求を默殺しようとするに対して幾分強く抗議ないし追及する行為に出ること、その際これに附随して注意を喚起するなどの意味で、前記の如き軽微な有形力の行為に出たことは恕すべきものがあるといわなければならない。

以上被害法益侵害の軽微であること、行為の目的の相当性、行為の態様等を総合して考察すれば、被告人両名の行為は、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解される。

(四)  被告人中島の西山良晴に対する行為について(前記第三の(三))

西山証言によれば、同証人は前記(一)の如く、局長、総務部長ら管理者側に対する抗議、処分理由の追及が行なわれた際、同人が被告人中島から背広の両えりをつかまれて二、三〇回はげしく前後にゆすぶられた旨供述していることが明らかである。しかしながら、同証人の供述全般を検討してみると、事実をかなり誇張して供述している傾向がみられる。たとえば、後述(七)の被告人井川の友田係長に対する行為について友田証言によれば、被害者とされている友田証人自身でさえ数回ゆすぶられた旨供述しているにすぎないのに、西山証人は目撃者として被告人井川が友田の背広のえりを両手でつかみ、二、三〇回前後にゆすぶつた旨供述している。同人にこのような誇張的傾向がみとめられるから、西山証人の前記供述はそのまま信用することができず、せいぜい背広のえりをもつて数回ゆすぶられる程度にすぎなかつたと解される。

そうだとすれば、被告人中島の前記行為は、有形力の行使とはいえ軽度のもので、被害法益侵害の程度は軽微であり、これが前記(一)の如く処分理由の説明要求などに対し、全く応じない管理者側に対する処分理由追及行為に際し附随的になされたことなどをあわせ考えると、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解せられる。

(五)  被告人徳弘、同池田、同井川の金田長則に対する行為にいつて(前記第三の四)

1 金田(長)証言、友田証言、司法警察員作成の昭和三七年一月二二日付検証調書(同意部分)を総合すると、前記(一)の如く処分に抗議し、処分理由の説明をもとめ管理者側を追及した際、被告人徳弘、同池田、同井川の三名が、それぞれ金田総務部長の背広のえりをつかみ数回ゆすぶつたことがみとめられる。

2 そこで右行為の可罰性について検討するに、前掲証拠によれば、右行為はいずれも前記(一)の如く処分理由の説明などを全く拒む金田総務部長に対しその説明をもとめ、あるいはこれをしようとしないことに対し必死になつて抗議するに際し附随的になされたものであつて、被告人徳弘の行為は「どうしてくれるんだ、お前はおれを殺しておいてその理由を説明しないというのは………」などとの発言をしながら、被告人井川の行為は「我々をどうしてくれるんだ」などと言いながら、被告人池田の行為は「自分は食つていけないんだが一体どうしてくれるんだ……」などという発言とともになされていることがみとめられる。そして、行為の態様も背広のえりをつかみゆすぶるという程度のものであり、前掲証拠によれば、金田部長は前記行為をうけた際押されるようになり幾分動いたこともみとめられるが、それも一メートル半位にすぎず、被害法益侵害の程度は軽微であるといわなければならない。

3 一方右被告人らが前記行為に及んだいきさつは前叙のとおりであり、免職あるいは停職というきびしい処分をうけた右被告人らが処分理由の説明要求をしたことが相当とみとめられること、これに対する管理者側の態度が必ずしも適切であるとみとめられないことも前記(二)でのべたとおりである。

以上によれば、被害法益侵害程度の軽微であること、行為の目的、態様等前記事情を総合して考えると、右被告人らの行為はいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないと解すベきである。

(六)  被告人井川の森田貞泰に対する行為について(前記第三の五)

1 森田証言、花房証言および被告人井川の当公判廷における供述によると、前記(一)の如く、局長ら管理者側に対し、処分理由の説明をもとめるなどした際、被告人井川は厚生課長森田貞泰に対し、処分について抗議しあるいは処分理由の説明をもとめながら、背広のえりをつかみ数回前後にゆすぶつたことがみとめられる。

2 そこで右行為の可罰性について検討するに、右は背広のえりをつかんでゆすぶるという行為の性質上もともと軽度な行為であるに加え、森田証言によれば、同証人は右行為のため体が動いたとか、痛かつたとか、はげしくゆすぶられたとかいうことは全く述べておらず、したがつて右行為は軽微なものであつたと考えられる。

3 一方同被告人が右行為に及んだいきさつ、ならびに被告人らが管理者側に処分理由の説明を要求したことが相当とみとめられること、管理者側の措置、態度において適切でない面がうかがわれることは前記のとおりである。そうすると、免職処分をうけながら処分理由の説明要求も拒否された同被告人が、組合との窓口的役割をもつ森田厚生課長に対し、管理者側の処置に抗議し、その際附随的にその背広のえりをつかみゆすぶるような行為に出たものにほかならない。

そして、右の如く被害法益侵害程度の軽微なこと、右行為のいきさつ、動機および態様等を考慮すれば、右被告人の行為はいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないものと解する。

(七)  被告人井川、同橋田の友田博三に対する行為について(前記第三の六)

1 友田証言、西山証言、石田証言を総合すると前記(一)の如く管理者側に対し、処分に抗議し、処分理由の説明をもとめて追及した際、被告人井川、同橋田の両名がそれぞれ処分に抗議する言葉を発しながら、同局厚生課労務係長友田博三に対し、背広のえりをつかみ数回ゆすぶつたことがみとめられる。

2 そこで右行為の可罰性について検討するに、それらはいずれも背広のえりをつかみ数回ゆすぶるという軽微な行為であるうえ、その態様も格別粗暴な模様であつたことはうかがわれない。

一方、右被告人両名が前記行為に及んだいきさつは前記(一)のとおりであり、被告人らが管理者らに処分理由の説明を要求したことが相当とみとめられ、また管理者側の措置態度に適切でない面があつたことも前記(二)でのべたとおりである。そして友田証言によれば、同人は厚生課労務係長として組合に関する事務を担当していたことがみとめられ、そのため、免職あるいは停職という懲戒処分をうけた右被告人両名が、処分理由についていつさい説明をしない局長ら管理者を追及中、右の如き立場にある友田係長にも、いきおい抗議行為におよんだものであることがうかがわれる。

3 右行為による被害法益の侵害程度が軽微であること、処分理由について追及中の行為であること、右行為のいきさつ、動機、態様ならびに右被告人らが免職、停職の被処分者であることなどをあわせ考えると、右被告人両名の前記行為はいずれもいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有していないものと解すべきである。

五、以上によれば、前示一に記載した各公訴事実については、罪とならない(実質的違法性がないと判断した部分)か、または犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法三三六条により当該被告人らに対し、それぞれ無罪の言渡をなすべきものとする。

なお、被告人中島については、前記一二月二〇日の人事課長横田貞光に対する前示四の(三)の各行為は犯罪の証明がないけれども、これらと一罪として起訴されたものとみるべき判示第三の六の行為につき同被告人は有罪とみとめられること前記のとおりであるから、右の点につきとくに主文で無罪の言渡をしない。

第八、弁護人らの主張に対する判断

一、弁護人らは、前記第三の各判示事実について犯罪が成立しないとし、その理由として次の如く主張する。

1  本件は憲法二八条により保障された団体交渉等の団体行動に際し行なわれた行為であるから、労働組合法(以下「労組法」という)一条二項により刑法三五条の適用がある。

2  本件は、管理者側の労働慣行破棄に対する抗議行為として、あるいは懲戒処分の理由を知る権利の行使として行なわれたものであるから、正当行為であり、また前記労働慣行破棄などの管理者側の不当な侵害行為に対する正当防衛ないし過剰防衛である。

3  暴力行為等処罰ニ関スル法律は憲法二八条に違反する。かりに一歩譲つても同法を労働運動に適用することは違憲である。

4  本件各行為は軽微であり可罰的違法性を有しない。

二、よつて右各主張につき検討する。

1  労組法一条二項により刑法三五条の適用がある旨の主張について

前掲各証拠によれば、判示各行為はいずれも被告人らの団体交渉等の労働組合活動に関連してなされた行為であることは明らかである。しかし、労組法一条二項といえども暴力の行使(脅迫行為を含む)をも正当なものとして容認する趣旨でないことは、同項但書の規定からみても明らかである。

そして判示各所為は、その行為の程度、態様などにかんがみ、組合活動に関連して行なわれたとはいえ、相当性の限界をこえた違法なものといわざるをえないから、弁護人らの右主張は採用できない。

2  正当行為、正当防衛ないし過剰防衛である旨の主張について

判示各所為が、全建労の労働慣行破棄に対する抗議闘争中あるいは懲戒処分理由の説明要求行為などの際に発生したことはみとめられるが、前記認定の如きいきさつ、行為の態様にてらし、相当性の限界をこえたものであつて、権利行使などとして行なわれた正当な行為とはみとめられず、また正当防衛ないし過剰防衛の要件をみたすものでもない。

3  暴力行為等処罰ニ関スル法律が憲法二八条に違反する等の主張について

暴力行為等処罰ニ関スル法律が、団体若しくは多衆の威力を示しあるいは数人共同して行なわれた暴行、脅迫等の集団的犯罪に対し、これが一人によつて行なわれた場合に比し、重く処罰する旨規定しているのは、それらが一人により行なわれるのと集団的に行なわれるのとでは、個人ならびに社会に与える影響に多大の差があるからであつて、合理的な根拠があるといわなければならない。そして、同法は勤労者の団結権、団体行動権の正当な行使として行なわれる行為まで処罰しようとするものではなく、勤労者の団体行動等がその適法性の限界をこえ、違法な暴行行為ないし脅迫行為が集団的なそれとして発生した場合に適用されることがあるにすぎない。したがつて、同法は、憲法二八条で保障する勤労者の正当な団結権、団体行動権等を不当に抑制し制限するものではないといわなければならないから、同法自体あるいはその労働運動への適用が憲法二八条に違反する旨の前記主張はこれを採用しえない。

4  可罰的違法性を有しない旨の主張について

(イ) まず、判示第三の一ないし三の脅迫、暴行についてみるに、判示の如くその脅迫文言たるや、「刺してやる」あるいは「殺してやる」などきわめて不穏当なものであるうえ、判示第三の三においては、それと同時に腕を引張り、あるいは肩を小突くなどの暴行が二人共同のうえ行なわれており、強度なものというべきである。したがつて、右各所為はいずれも軽微で可罰的違法性を有しないものということはできない。

(ロ) 判示第三の四の行為は、顔面をたたいた行為そのものは軽度であつたとはいえ、被告人中島が自己の要求がいれられないとみるや、顔面をたたいたうえ、さらにつばをふきかける行為に出ているのであつて、そのいきさつ、行為の態様などからみて、可罰的違法性がないものとすることはできない。

(ハ) 判示第三の五に記載した被告人君島、同今野の行為は、組合側の金田総務部長に対するやや粗暴な追及行為について、これを制止しようとした相川課長に対し、そのえりをつかみ共同して数回壁に押しつけ、しかも右判示第三の五にかかる前掲証拠によれば、その際被告人君島は管理者側の者らに向つて「お前達もこうなるんだぞ」などと言つていることがみとめられ、行為の動機、態様ともにきわめて不当であつて、既述の処分理由説明をもとめるに際し背広のえりを持つてゆすぶつた行為なごとは、同一に論じえず可罰的違法性なしとはいえない。

(ニ) 判示第三の六の行為は、膝をもつて股間を突き上げているのであつて、行為の態様自体からして到底可罰的違法性なしということはできない。

5  なお、弁護人らは、国家公務員法九八条、一一〇条が憲法二八条に違反する旨主張するが、本件は被告人らの行為が国家公務員法に違反するものとして起訴されたものでないばかりでなく、当裁判所は、右主張が判示犯罪の成立に影響を及ぼすものとは考えないので、この点につき判断を加えない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 西俣信比古 立川共生 木村要)

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